初代RX-7は、国内のみならず、不振を極めるアメリカの販売網と、地に落ちたロータリーエンジンのイメージの再構築、石油ショックを発端とする経営危機からの回復にも貢献しました。2代目は本格的なスポーツカーを求める日米の市場ニーズにマッチし、確固たるスポーツカーとしての地位を築きました。そして3代目となるFD3S型のRX-7の開発に着手する頃には、社会情勢は大きく変化し、マツダはバブル経済の真只中、国内販売体制を5チャンネル化に着手しました。また3代目RX-7は、アンフィニチャンネルのフラッグシップカーとなる事が決定していましたので、初代、2代目とはその使命も大きく異なったものとなってくるだろうと感じていました。同時に円対ドルが急激に変化して、初代の頃$1=¥230だったものが$1=¥130まで高騰し、加えてアメリカではスポーツカーの保険の高騰が起きていました。
前回お話ししたように、初代のサスペンションを私が担当する事になった時、スポーツカーの仕事をトラックチーム内で引き受けました。この事は、RX-7にとっても私にとっても、ある意味幸運だったと思います。それは、乗用車のしがらみがないシンプルな設計開発環境の中で仕事が進められたからです。そして、厳しいスポーツカー要件と、質実剛健なトラック開発に多くの共通点があった事です。
3代目RX-7、その開発コンセプトは、超一級のスポーツカーを作り上げる事でした。私も設計者として、また、マツダの持てる最高の技術を注いで作ろうと考えていました。一級のスポーツカーである以上、当然スタイリングも、最も重要な要素になります。低いフェンダーとボンネット、その中で、如何にコンパクトで十分なストロークを持ったサスペンションを設計開発して行くか。
過去のサスペンション開発を振り返り、初心に帰って構想を作り上げました。そのサスペンションに求められる本質は何か、思い描いたキーワードは、「軽く、素直、コンパクト、リニア」など技術や物理現象に忠実な言葉でした。
特に重要視したのは、軽量化についてでした。3代目はパワーウエイトレシオを5kg/ps以下に抑える事が車両全体の運動性能の目標であり、1,250kgに車両重量を抑える事が必達要件でしたので、徹底した軽量化を行いました。
開発に際し、主要な開発者を伴いゼロ戦の残骸を見学しに行きましたが、当時の技術者の軽量化に対しての徹底した拘り、技術力に驚愕した事を覚えています。
車両重量を1,250kgに抑える事を目標に、部品のぜい肉をゼロにする事と、ゼロ戦の軽量化になぞらえてZERO作戦と銘打った徹底的な軽量化を、開発期間中に6回も行いました。2代目よりも軽量にするために各セクションに軽量化目標を設定し、まずは構想段階でどの程度の軽量化が可能かを議論し、次の段階では各部品の図面を壁に貼りだし、皆で赤ペンを持って無駄な部分はないか、軽量化の穴あけの余地はないかを図面に書き込んでいくのです。
更には、ポルシェや他社のスポーツカーの部品をバラバラに分解(ティアーダウン)して、その中で最も軽い部品を手本に、より軽量化できないかを検討して行くのです。担当設計者は、一番良いと考えて作図してきた部品ですから、他の部署の設計者から赤ペンで修正されるのは心外です。しかし、そこは参加者全員で議論、検討し、軽量化の解決策を見出して行きました。
このように2代目の重量の-15%を目標としたZERO作戦は、窓ガラスの板厚、部品類の取付けブラケットの共用化に至るまで、無駄なぜい肉の削減に取り組みました。
また車両重量に関しては、エクステリアデザインも重要な要素となってきます。チーフデザイナーより、あと20mmデザイン上で、フロントフェンダーのラインを下げたいとの要求が出てきました。これにより20mm分のフェンダーのスティールの重量を節約できますので、車両重量としては歓迎すべき事なのですが、今度は、サスペンションの設計上のレイアウトが、非常に厳しくなる事となります。よって、フェンダー内部の構造をこれまでの習慣にとらわれることなく見直して、更にスティール部品の削減も行いました。
ここで、これまでにも頻繁に登場したのですが、車両重量が如何に車の動的感性性能にとって重要かを考えてみましょう。
ここで、3代目のサスペンション開発についてお話させて頂きます。このサスペンションの構造の大きな特徴は2点です。1.基本形式は、ダブル・ウィッシュボーンとする事。2.アームのピボットに滑りブッシュ、ピロボールブッシュを採用する事です。ロードスターの回にお話ししましたが、ダブル・ウィッシュボーンのサスペンションは、上下ストローク、左右旋回横力、前後制動駆動力の様々な入力、変位に対して最適なジオメトリーコントロールを行うのに最も自由度が高く、かつ軽量、高剛性を有していると言えます。
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フロントサスペンション | リアサスペンション |
3代目では、特にキャンバーとトーを最適にコントロールする事に注力しました。
キャンバーコントロールに於いては、操縦安定性の向上を狙って225/50R16という超扁平幅広タイヤを採用しましたので、タイヤの縦バネ定数がアップします。よって、タイヤの接地面積を十分に確保しつつ、接地面圧を均等にするために、キャンバーコントロールが一層重要になります。この点については上下のアームを不等長にする事により、最適なバンプキャンバー変化を実現しました。
また、ピュアスポーツカーらしい旋回時の優れた運動性能を得るために、弱アンダーステアーを狙いました。旋回時にフロントサスペンションのジオメトリー制御をトーアウトに振って行く事により、狙い通りの弱アンダー特性を実現しています。
旋回時の横力は、タイヤの接地中心点ニューマチック分(接地面中心と荷重中心との差)の距離の後方で発生します。この入力点に対してキングピン軸を前方に設定する事により、トーアウトを発生させています。また、ロールステアに於いてもトーアウトを作りだしました。一方、横力に対してはサスペンションの取付け部の剛性配分によってトーインを発生させ、トーアウト量を緩和しています。
また、このサスペンションには球面体理論を採用しています。詳しくは、当時の車種カタログに記載していますので、そちらを参考にして頂きたいと思います。
もう一つの大きな特徴、滑りブッシュとピロボールの採用についてご説明します。サスペンションの剛性を高くするためには、サスペンションアーム及びリンクの支点に使用するブッシュの軸直角方向のバネ定数を高くする事が必要となります。一方、ブッシュの作動ねじり角と信頼性を確保するためには、ブッシュのラバーボリュームを多く取る必要があります。
このため、軸直角方向のバネ定数をある一定以上は高く取れない(サスペンションの剛性が低くなってしまう)事となりますが、この滑りブッシュとピロボールを採用する事により、ブッシュの作動ねじり角に関係なく、軸直角バネ定数を操縦安定性能に最適値に設定できました。 以上のように、RX-7には、サスペンションの全てに滑りブッシュやピロボールを採用するなど、日本初の技術などを織り込んで育成を重ねてきました。私は1992年に前任の小早川さんより主査を引き継ぎ、2002年までの9年間も携わってきましたが、このように永きに亘って1つの車種の主査を担当するというのは異例の事といえます。自分自身の持てる全ての技術を注ぎ込んで、真のピュアベストスポーツカーとして開発育成が行えた事は、とても幸せなことであったと考えています。
マツダのスポーツカーの具現化要件として頑なに守ってきた重量配分の良さ、重心高の低さ、慣性モーメントの低さなどは、全て操縦安定性の素性の良さを決定する要素となります。素性の良さを生かすのがサスペンションであり、そのためには基本に忠実な技術開発(軽いこと、剛いこと、小さいこと)を地道に行う事と確信しています。技術者として、3代にわたるRX-7の開発経緯を振り返って言える事は、「車を運転するのは人」であり、まだまだ現代の理論では語れない、深い領域、つまりは動的感性工学の領域があるということでしょうか。
次回は、NCEC型ロードスターの開発について、お話させて頂きます。