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チューニングを楽しむための動的感性工学概論 §6


動的感性の高いクルマを開発するために。自分自身のドライビング感性を磨いた。

ここまで5回にわたって、実際の量産車の開発を振り返りながら「動的感性工学」という考え方について紹介してきました。次回からはもう少し突っ込んで、個別の技術的な解説に移りますが、その前にこれまでの講義のまとめとして、今回は私と動的感性の出会い、取り組んだ日々、そして忘れられない人々との出会いについてお話ししたいと思います。
私にとって動的感性を語ることはRX-7、Roadsterの具体的な実例を述べることと共に、技術者としての変遷を語ることでもあります。1975年ごろマツダは石油ショックから立ち直ろうとそれまで多くのクルマに搭載していたREを、ベストマッチのクルマ、スポーツカーに特化すべく初代RX-7 SA22Cの開発を始めました。そのために当時商用車のシャシグループでタイタンを開発していた私に、乗用車シャシグループへ移籍の話が舞い込んできました。事情があって移籍はできなかったものの、スポーツカーの仕事を商用車シャシグループで引き受ける事になり、この時以来スポーツカーの世界に踏み込むこととなりました。

B360トラック歴代RX-7

トラックのシャシの仕事は好きでしたが、いつかはスポーツカーの開発をやりたいという希望は持っており、この機会は大変幸運でした。諸先輩が注力していた操縦安定性の研究も非常に興味深く、このゼミナールでも取り上げたSA22Cのワットリンク式リアサスペンションの設計などに没頭しました。その後、2代目RX-7 FC3Sの開発も引き続き商用車シャシグループで担当することになり、以来Roadsterを含めスポーツ系の車種は伝統的に商用車シャシグループで開発してきました。
動的感性とも言うべき車両の応答性に具体的に焦点を当てたのは、1990年SAVANNA RX-7 INFINIです。

B360トラックSAVANNA RX-7 INFINI カタログ

このクルマのカタログで、操舵入力に始まる力の伝達を車両の応答性を到達点として解説しています。この時はまだ動的感性の概念を明らかにはしていませんが、操舵系の力の伝達時間が0.1sec足らずであり、ドライバーの感覚はさらにその1/100に迫る速さであると述べています。
さて、私がクルマの動的感性らしきものに最初に興味を持ったきっかけ。それは小学4年生の時、父の知人に乗せてもらったR360クーペの乗り心地でした。田舎の穴だらけの砂利道を滑らかに走る快適さに驚き、不思議に思いました。自転車もそうです。細い田舎道を安定して走ることができたのは各部にガタのない新車だったのを覚えています。
なぜ小学生時代の記憶について述べたのか、それは私が動的感性を論ずるとき小学生時代の記憶が鮮明で感覚の基準になっていると思うからです。

では、人間が動的感性を創出するプロセスはどうなっているのでしょうか。
たとえば五感の中の視覚の場合、目に光が入ると、その刺激は電気に変換され、知覚に至り、大脳新皮質で認知されることになります。その際大脳新皮質では過去の記憶と照合され、その刺激の素性が解ることになります。
動的感性の創出プロセス
さらに刺激は島皮質、辺縁系に伝達されて感情が呼び起され、感情の表現が誘発されます。つまり、動的感性は過去の記憶と照合され認知に至ると考えられているので、その感性を磨くということは記憶の広さ、深さに関係しています。運転において印象に残る過去の記憶と照合され、たとえば人馬一体という表現に結びつくのは、このような神経プロセスの経由によるものと言われています。

遠い昔のR360クーペの乗り心地は忘れえない動的感性の記憶ですが、マツダ入社後は車軸懸架と独立懸架の違いが、その記憶の始まりです。モータリゼーションの始まった1960年代にキャロルの独立懸架とファミリア1000の車軸懸架を経験しましたが、操縦安定性の動的感性が優れていたのはキャロルでした。この時以来、サスペンションは独立懸架でなければ動的感性の質は高まらないという記憶を強く残し続けてきました。

B360トラックR360クーペ

またマツダにおける動的感性の進展を見てみると、REとの関係が深く、マツダらしさを築く技術要因となっています。たとえば、最初のRE車コスモスポーツは感性豊かなスポーツカーでしたが、発売当初は動的感性の質が高いクルマとは言えませんでした。そこで翌年、エンジンのパワーアップと共にホイールベースを150mm延長。高速時の安定性を高め、動的感性の質を向上させています。当時からマツダは操縦安定性に関する研究が盛んでしたので、コスモの対策も的確で効果の高いものでした。新入社員時代に、動的感性やクルマの味がこのように磨かれてゆく経緯に触れ、記憶にとどめたことは、その後の開発において貴重な財産となりました。

B360トラックコスモスポーツ

ちなみに、日本車のあるメーカー技術者がベンツの技術者に動的感性をベンツに近づけるために何をすればよいかと尋ねたところ、「近づくなんぞは100年早い」と言われたという逸話があります。動的感性の向上は、そのための開発活動を継続的に行い、長い年月にわたって実績を積み重ねてはじめて可能であり、一朝一夕になどできないことをベンツは伝えたかったのでしょう。私たちもマツダ車における動的感性を高めるべく、車両のパッケージング、軽量化、重量配分などを長年磨き続けてきました。キビキビと反応するドライビング感覚がマツダ車の個性や魅力となっているのは、この継承によるものと自負しています。

B360トラックJim Russell Racing Drivers School

動的感性の質の高いクルマを開発するために、私は設計室に閉じこもることなく、ドライビングの感性を磨くことにも努めました。ドライビングの感性は前述の動的感性創出のプロセスからも、認知に至るまでに記憶との照合が必要であり、体験を積み重ね、動的感性記憶を豊かにすることが肝要です。クルマの限界領域の動的感性などは一流ドライバーに同乗し、その感想をどんな言葉で述べるか耳を澄まさなければなりません。
しかし、自らドライビングの腕を磨いて挙動を体感することも極めて重要です。動的感性は言葉ではなくドライビング行為からでなければ感知できない部分が大だからです。

B360トラック初代RX-7ラリーカーのサスペンション開発

あるジャーナリストの方が「試乗をするとクルマのどこからか、クルマ語が聞こえてくる」「そのクルマ語を日本語に翻訳して評論をしている」と言われたことがありますが、動的感性とはそのように心に訴えてくるなにかテレパシーのような現象でもあるのかと感じています。さて、私が車両挙動の限界領域でドライビング感性を磨いたのは、1980年代初めにアメリカのラグナセカでJim Russell Racing Drivers Schoolに入校したのが最初です。ほんの一日間の超短期コースでしたが、コークスクリューを下った時はまさにレーシングドライバー気分でした。

B360トラック323グループAラリーカーのサスペンション開発

それまではカートの操舵応答のシャープさを基準に持っていましたが、葉巻型スクールカーのシャープさは新たな動的感性の基準として鮮明であり、初代RX-7の操舵応答がダルに思えたほどの体験でした。同じ時期ロサンジェルスの北部にあるWillow Springs International Racewayでも走行し、砂漠の気候での操縦感覚を体感しました。その後モンテカルロラリーに出場した323グループAラリーカーのサスペンション開発、WRC RX-7ラリーカーのサスペンション開発での悪路走行では、一般路での車両の限界走行、姿勢コントロール特性のあり方などを体験しました。

B360トラックNurburgringでのテスト

ラリー車が1m近くもジャンプし接地する間にカウンターを当て着地と同時に姿勢をコントロールするドライバーのスキルと感性は同乗していても信じられず、動物的感覚を思わせる異次元のものでした。このような動的感性を持ったドライバーをも満足させるクルマを、市販車の限界点の基準として持たなければと感じました。また、動的感性の熟成には最終確認を行う環境が重要です。1970年代、日本車は欧州の市場で、高速走行におけるレベルの高い動的感性を獲得するためにNurburgringでのテストを始めましたが、マツダはそんなブームよりもいち早く現地へ出向いていました。

B360トラックPaul Freres氏と三次のテストコースにて

一般の車両が一周ごとのチケットを買って限界走行を試す22kmのサーキットですが、初体験時は、その想像を絶する高速コースを、ただただ夢中で走り続けた記憶があります。
このように、動的感性の高いクルマを設計開発するため、自分自身で車両の限界性能を体感することは必須だと考えています。日本の場合、設計技術者、実研技術者は個別の仕事として組織されているケースが多いのですが、実研技術者のレポートだけに頼るのではなく、自らが体感することで設計精度の向上に努めてきました。

B360トラックPaul Freres Driving School

もちろんスキルに限界があることは明白で、それをカバーするためにスキルフルなプロドライバーの方々に同乗評価を願うことも積極的に行ってきました。なかでも、私が尊敬するPaul Freres氏に同乗させて頂き、評価して頂いたことは名誉なことでした。 20年以上前の出来事ですが、NurburgringでRoadsterの開発車に同乗中、私が不用意に質問をしたところ、「今は集中しているから質問は後にしてほしい」と言われ反省したこともありました。
当時、Paul Freres氏はNur.を1700ラップ以上もの走行をしたと言われていましたが、そんな経験者でありながら常に感性を研ぎ澄ましておられ、その凛としたプロドライバーの態度に深く感銘を受けました。そんな氏から開発車の動的感性に高評価を頂けたときは、苦労をすっかり忘れる喜びでした。マツダ三次試験場で開かれたPaul Freres Driving Schoolではコーナー進入時、「君は操舵ポイントが早すぎる」と指摘を頂いたことも忘れられない思い出です。

私がスポーツカーを設計開発するなかで、いかに動的感性を重視してきたか、そしてその感性の記憶をクルマに移植し続けてきた道のりをお話ししてきました。動的感性の価値は人とクルマの間に生まれる豊かな感情の泉です。また、クルマを単なる移動の道具と考えるのではなく、移動のプロセスに価値を見出し、走る歓びを何倍にも拡大するものです。もちろん私一人の力でそのことを実現できる訳ではありませんが、マツダで担当した様々なクルマに おいて自分の感性と照らし合わせながら、納得のゆく仕事をしてきたと確信しています。

今回まではRX-7、Roadsterなど車種開発を軸とした私の動的感性の回想でしたが、次回からはよりアカデミックな動的感性工学の講義へ移りたいと思います。自動車工学の物理的原則を分かりやすく紐解きながら、動的感性を解明して行きたいと考えています。どうぞご期待ください。