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チューニングを楽しむための動的感性工学概論 §5


意のままに、きびきびと! 貫いた「動的感性」へのこだわり。

私は幸運にも、長年にわたってスポーツカー開発という魅力ある仕事に携わってきましたが、50歳を過ぎて若手にバトンタッチすべき時期を迎えていました。新しい主査を選び、3代目ロードスターの開発が始まろうとしていたのです。しかし新型の構想をみて「この企画は前主査として納得できない。」と考えていました。なぜならフォードからきた経営陣の指示で、開発上流ではRX-8のシャーシ部品をキャリーオーバーしてロードスターに仕上げる作業が進んでいたからです。RX-8の車両重量は1,350kg。「人馬一体」を具現化した現行ロードスターの1,100kgよりも250kgも重い車両のシャーシ部品を流用したのでは、狙った通りのライトウェイト・スポーツ(LWS)、すなわち「人馬一体」の動的感性には、仕上がらないことが明白でした。
しかし、ある日上司から「貴島さんに次期ロードスターの主査を任せることが決まったから、よろしく!」と伝えられ、非常に困惑しました。その当時の私の年齢からしても、3代目ロードスター開発がマツダに於いて、エンジニアとしての最後の仕事になると考えていましたので、不本意な作品としたくなかったのです。日々どうしたらよいか悩みました。主要なシャーシ部品をキャリーオーバーする訳ですから、開発チームにも必要最小限の開発工数しか割り当てがありませんでした。

B360トラック3代目ロードスター(NCEC)

そんな時、神風が吹いたのです。世の中の経済状況が大きく変化してしまいました。対ドルの為替レートが大きく円高に進み、$1=¥130から¥100に。そして、各プログラムに対して25%ものコストリダクション(C/R)要求が突きつけられました。マツダ全体にとっては、為替の円高が進むと大きな利益損失に繋がりますが、私にとって、そして3代目ロードスターの開発には大きなチャンスだと思いました。C/Rを理由に、新型ロードスター専用部品を開発してしまおうと考えました。前述しましたようにRX-8の1,350kgの車両重量に合わせて開発したシャーシ部品ですから、1,100kgのロードスターにとっては、オーバークオリティとなってしまいます。

B360トラックNCECのモノコック


これでは、「人馬一体」の動的感性が大きく損なわれる事となります。早速に開発企画書を全面的に練り直す作業に着手しました。
そして、開発活動の中で「グラム作戦」と銘打って軽量化を行い、車両サイズが大きくなったにも拘らず、車両重量は2代目比で+10kgに抑え込みました。モノコックについては-1.6kgと超軽量で、しかも高剛性な車体に仕上げる事が出来ました。この事は、歴代のマツダスポーツカーの系譜であるパッケージングの良さ(重量配分)とヨー慣性モーメントの低減に大きく貢献し、LWSの素性の良さを際立たせる要因となっている事は言うまでもありません。

3代目ロードスターのシャーシ部品は、RX-8と見た目は同じに見えますが、サスペンションアーム、ハブ、サブフレーム等、どれ一つを取っても同じ部品は無いのです。LWSにとって必要かつ十分な強度と重量に開発しました。更には、6速トランスミッションにしても、2代目ではトヨタ車系のA社からの購入品でしたが、値段も高く、シフトフィーリング等も私の提唱する動的感性に十分に適っている製品ではありませんでした。ですから、動的感性としてよりダイナミック感を有する6速トランスミッションを内製化する事にしたのです。

フロントサスペンション
<フロントサスペンション>
リアサスペンション
<リアサスペンション>
トランスミッション
<6速トランスミッション>

さて今回は、「人馬一体」の動的感性の最も重要な要件である、「ダイナミック感」の作り込みに、フォーカスして解説を進めていきたいと思います。現代の車づくりは、操縦安定性能についても、その80%前後の運動性能や特性などをCAE技術(Computer Aided Enginennring:コンピュータ技術を活用して事前検討、構造解析、応力解析などのシミュレーションを行うツール)で開発出来るようになりました。そして、その先の作り込み育成を実際にベンチや実験車両などを駆使して、性能、機能、信頼性、および動的感性などの商品性を高めていく訳です。

B360トラック<フィッシュボーンチャート> ※マツダ技報より

このツールの活用を前提に、LWSのダイナミック特性から感じる「人馬一体」感のテイストを統一するために「統一感タスク」と呼ぶエキスパートチームを編成して、感覚的な領域の要素についても定量化と育成を行っていきました。フィッシュボーンチャート上で「走る・曲がる・止まる・聴く・さわる」、これら5つの柱をバランス良く整え、開発チーム員全員で共有して、統一されたテイストを作り込むことで「人馬一体」を確実に注ぎ込んで行きました。そしてそのテイストとは「楽しさ」を「意のままに操れる=正確でリニア」と「軽やかな身のこなし=軽快感」とのバランスであると定義しました。また、目指すべき方向性は「軽快で人間的」とし、各性能領域のテイストは、「きびきび軽快=レスポンス・リニア・正確」を共通のキーワードとしました。

そこで今回のテーマですが、一言に「ダイナミック感」と言っても様々な要素が絡み合って、その車の総合的な運動性能を紡ぎだしていることは言うまでもありません。その中でも代表的な要素として「ヨーレイトゲイン」と「アクセルレスポンス」について取り上げてみます。

前回は、ヨー角方向の運動方程式について解説しました。今回はヨーレイトゲインに注目して、車両の運動性のテイストの開発、つまりはダイナミック感としてのヨーまわりの性能開発について解説します。下図に示すヨーレートとは、ヨー回転運動方向の角速度と言う意味です。つまり車が向きを変えようとする速さです。ヨーレートゲインとは「ハンドルの操舵角当りのヨー角速度の大きさ」の事です。すなわち、小さい舵角で速く向きを変える場合、ヨーレートゲインが高いと言います。
ヨーレートゲインについて
ダイナミック性能の統一感を達成するために、以下のように目標を定める手法をとりました。
まずは、ハンドリングのテイストを決める特性についてですが、図は、初代ロードスターやEUの競合A車の性質(ヨーレイトゲインと操舵力の関係)から「統一感ライン」を引いたものですが、これを「Harmonic Balance Line」として設定しました。 
初代と2代目ロードスターは、共に軽快なテイストを持たせておりましたが、お客様の声や開発の評価結果より、初代は少し敏感過ぎたため、2代目はやや安定方向としていました。
よって、3代目は初代と2代目との中間よりもやや機敏な、ヨーレイトゲイン=0.375deg/s/deg、ハンドル操舵力(SWF)=20N(ニュートン)を目標とする事にしました。
ヨーレートゲインvs操舵力
※マツダ技報より
次に「ダイナミック感」のもう一つのポイントについてお話します。車の動的感性や過渡特性の良否として、代表的な要素にアクセルレスポンスがあります。きびきび軽快な「走り感」テイストを際立たせるには、走り感のDNA“Lively(元気のよい)”を特化する必要があります。アクセルを踏んだ瞬間に素早く反応させる特性(レスポンス)です。上記の操舵力との関係と同様に、「統一感ライン」においてヨーレイトゲインを0.375に目標設定しましたから、ΔG(単位時間当たりの加速度の変化量)の目標値は、0.8G/secとなります。 ヨーレートゲインvs加速度変化
※マツダ技報より

これは、エンジンそのものの応答性もさることながら、スロットルペダル→エンジン→ドライブトレイン→タイヤまでのドライブトレイン系全体における加減速のリニアな応答性能であり、レスポンスの定義とは「アクセルを踏み込んだ瞬間に発生する加速度の応答性の良さ」になります。アクセルを踏んだ瞬間から、加速度Gが立ち上がるまでの時間(TG)と加速度の変化量(ΔG)、Gの立ち上りの平均値(G_Ave)の3つの要素が重要になります。当然のことながら、アクセルを踏んでから加速度Gが立ち上がる時間の短縮と、立ち上った加速度を一気に上昇させる事がレスポンスの良否になります。


レスポンス_ダイレクト感
※マツダ技報より

最適化した前後重量配分

前述しましたように、現代の車はCAE技術で、かなりの状態まで開発をシミュレーションで行う事が出来ます。ドライブトレイン系のレスポンス開発も同様に、デジタルモデルをコンピュータに入力し、各部の剛性を変化させて最適のレスポンスを算出して選択します。具体的には、エンジンマウントの剛性、プロペラシャフトの捻じれ、デファレンシャルのワインドアップ、ドライブシャフトの捻じれ、サスペンションのブッシュを含めた剛性、タイヤの剛性などです。

B360トラック<CAE技術による解析データ>※マツダ技報より


このようなCAE開発の結果、プロペラシャフトはφ60.5→φ65にサイズアップし、ドライブシャフトは中空構造で10,390Nm/degという高いねじり剛性と軽量化を両立させ、ドライブトレインの伝達性能の向上により高いレスポンス性能を獲得しました。

また「人馬一体」を実現するために、リニア(Linear)を追求しました。狙いの加速度を実現するためには、低速から高速までストレスなくエンジンを使いきれるトルク特性が重要となります。この新型では空燃比制御など吸気系のチューニングを細部にわたって施し、トルクの谷間や損失を可能な限り抑えてベストな出力特性を目指しました。

B360トラック<3速全開加速時の比較>※マツダ技報より

2代目ロードスター(BP型エンジン)は高回転で加速度が急激に落ちてしまうために、レッドゾーンのかなり手前で頭打ち感が出てしまいました。そこで新型では、初代ロードスター(B6型エンジン)のようにフラットな加速度を最後まで保ち、エンジンを使い切る楽しさを目指しました。また、MZR型の2リッターへの排気量のアップにより、2代目の欠点であった加速度の落ち込みと絶対値を改善して、初代の持つレッドゾーンまでフラットに伸びる特性を作り込みました。新型では図のように格段に過渡特性に優れた、ダイナミック感あふれるエンジン出力特性にする事が出来ました。

余談となりますが、開発過程で北米関係者へレビューした時です。「なぜエンジンは170psのMZR型なのか、北米で成功を収めるには200psは絶対に必要だ!」と詰め寄られました。そこで、競合H社の2000cc可変バルブタイミング機構を有する2シーターオープンカー(1,250kg)と性能比較テストをしてみる事としました。テストのシチュエーションは、ハイウェイ(高速道路)の入口より本線への合流をする場合を想定して、3速で35mph(56km/h)→65mph(104km/h)の全開加速としました。この状況では、競合車両は、まだ可変バルブタイミング機構が高出力側に働き始める前ですから、新型ロードスターの方が早く65mphに到達しました。この事実によって北米関係者は、全員が納得してくれました。単なるカタログ上の数値ではなく、車両重量や低速から高速までのエンジントルクの過渡特性の良否が、スポーツカー、とりわけLWSとしてのポテンシャルを論ずるポイントとなるのがお解りかと思います。
このように新型ロードスターは、マツダの綿々と受け継がれてきたスポーツカーの開発フィロソフィーによって、世に送り出されたのです。